―静かだ・・・。

アレンはゆっくりと目を開ける。



周りは静寂で、真っ白な世界。
アレンは夢心地な気分で、その世界をさ迷っていた。
周りには何も無い。
音も無い。
・・・何もない、無の世界。

フト、アレンは心細くなり身体を震わせる。
その姿は随分と幼い。
小さくなった身体を抱きしめながら、アレンは前を進む。
進むと言っても何も無いのだから、果たして進んでいるのか止まったままなのか。
それでも、アレンは進んだ。無我夢中で。
何かを探して。
それが見えるまで。どこまでも。

やがて、白い空間の中から、黒い点の様なものが現われる。
それは進むにつれて少しずつ広がっていって・・・・。
おぼろげな・・・一つの人影の様な形を創り出していく。

その姿は・・・アレンは誰なのか直ぐに悟った。
その影に近付いていく度に、自分の身体も少しずつ成長していく。
影もアレンが距離を詰める毎に、少しずつ影が薄れていく。

やがて・・・その影の目の前まで来た時。
アレンは十五歳の姿になっていた。
影も、闇の部分は全て取り払われて、今は誰なのかハッキリと分かる・・・。

『   』

アレンは名を呼んだ。
だけど此処は音の無い世界。声も声として発生しない。
相手も何かを発している様だが、やはり声として届かない様だ。
アレンは何度も名を呼んだ。
無理だと分かってても、何度も・・・。
もう一度呼ぼうとした、その時。



―アレンっ!



頭の中に響いてくる「音」があった。
それは耳からではなく、頭に直接来るような。
それが何度も頭に響くものだから、アレンは頭を抱えた。
それと同時に目の前のソレも、グラりと歪んで消えて行こうとする。

え・・・・・。

頭に聞こえてくる「音」。
目の前のソレが消えて行く。
アレンは混乱して、又叫ぶ。
頭が、身体が、酷く揺れる。
その直後、何かに強く引っ張られる感覚が襲って・・・・・。





「アレンっ!」



目の前にはアレンの身体を揺さぶり、必死に名を呼ぶ神田の姿があった。
その姿はボロボロで、あの丈夫な団服が所々破れていた。
いつも高く結い上げている髪も解かれて、無造作に乱れている。
綺麗な髪が台無しだった。
でも、生きてる・・・。
良かった・・・・。
そう神田に言おうと思ったが、急に気恥ずかしさが生まれたのか。
つい違う言葉が口に出た。

「神田・・・、酷い格好」

アレンは搾り出す様に発した台詞だったが、その言い様が神田にはお気に召さなかった様だ。
心配顔からいつもの不機嫌顔に変わる。
眉間の皺がいつもより多い様な・・・。

「誰のせいでこんな事になったと思ってやがる、このバカモヤシっ!」

今迄溜まっていた怒りを吐き出すかの様に、一気に捲くし立て怒鳴り散らした。
息も付かず怒鳴った所為か、珍しくゼイゼイと息を乱している。
・・・気が付くと、自分も神田と大して差のない格好であった。
外套もスーツも無残にも破れ、服としての機能が果たされない寸前の姿・・・。

何だか滑稽であった。
そして、周りの光景にも気付く。
自分の位置から、半径十メートルくらいだろうか。
グルリと円を描くように、土が剥き出しになっていた。
其処には草木は愚か、雑草一つ生えていない。
見事な自然破壊である。

―・・・これ如何言う事?

これは一体何があったのかと、目の前にいる神田に聞いてみる。
嫌な予感がひしひしと感じるので、余り聞きたくはないが。
だが、予想に反して神田は何も答えようとしない。
フト気付くと先程迄息を乱していた神田が、ピクリとも動かない。
不審に思ったアレンが、上半身を起こして神田の顔に触れようと思った刹那。

次の瞬間、アレンは神田に強く抱きしめられていた。
昔、悪夢を見るのが怖くて、神田に添い寝してもらった事が何度かあった。
その時の神田は凄く優しくて、自分を暖かく抱きしめてくれた。
でも、今の抱擁はソレとは明らかに違うもので。
アレンの全てを壊すかの様な、強く、激しい抱擁。
息もマトモに出来ない。

「神・・・田」

やっと口に出来た言葉も神田に聞こえてはいないらしい。
その代わり、アレンの耳元で呟くような言葉が響く。

「馬鹿野郎・・・何でお前は・・・こんな所にまで来やがるんだ」

「神田・・・」

「心配掛けやがって・・・」

その言葉は酷くか細く聞こえて。
まるで置いて行かれたのは神田みたいで、その姿は幼い子供の様だった。
アレンは胸の中が切なく痛む。

ああ、そうか・・・。

アレンが神田の傍にいたいと思った、もう一つの理由。
神田も又、孤独であったのだ。
何かの目的の為に、周りの全てを自分から切り離して、孤高の人であり続けて。
でもそれは強いからと言うのではなく、そう有ろうとしていた。
アレンはそんな神田の孤独感を、幼いながらも無意識に見抜いていた。

自分と同じ・・・孤独な人。
だから尚、傍にいたいと強く願ったのかもしれない。
だからアレンは、神田に強く惹かれたのだ。
アレンは壊れ物を抱くかのように、神田の背に手を回した。
神田の身体が、僅かに揺れる。

「何、言ってるんですか、神田・・・。いつも僕、傍にいるって言ったじゃないですか・・・」

「・・・・・」

「傍にいますから・・・。神田が駄目だって言ったって、付いて行きますから」

「・・・・・」

「だから、本部に帰れだなんて言わないで下さいね」

「・・・・・」

「良い・・ですよね、神田・・・?」

「・・・勝手にしろ」

神田の勝手にしろは、承諾をしたと同じ意味だった。
アレンは嬉しくなって、神田を更に抱きしめ返す。
思わず泣きそうになった事は、勿論内緒だ。

「後悔しても知らねぇぞ」

「しませんよ。・・・するなら当にしてます」

「バカモヤシ・・・」

「アレンです。・・・さっきは呼んでくれたのに」

「気のせいだろ」

「気のせいじゃありません」

「夢だ」

「夢じゃありませんよ!さっき僕が目を覚ました時に・・・っ」

その後は言葉にならなかった。

神田がウルサイとばかりに、アレンの唇を自分のソレで塞いだからだ。
不意打ちだったアレンは、何が起こったのか分からず、神田の口内の巧みな技に翻弄される一方だった。
神田の舌がアレンの舌を捕らえて、強く、複雑に絡み合う。
吸われたり、甘噛みされたりして・・・。

こうした経験が初めてのアレンは、只神田にしがみ付いて、その強い刺激に只流されない様にするのが精一杯だ。
そんな初々しいアレンの姿に、神田は気を良くしたのか、ようやく長い口付けからアレンを解放する。
束縛から解放されたアレンは、顔を真っ赤にしながら荒い息の中で、口元から零れ落ちた唾液を拭う。
瞳にも涙が零れ落ちていた。
・・・そんな姿は神田の前では毒以外の何者でもない。

「いきなり何を・・・」

「後悔しても知らねぇと言った筈だが」

「後悔って・・・そう・・言う意味ですか?」

「そういう意味だ・・・悪いか」

「僕・・の気持ちは、あ・と回しですか・・」

アレンは未だ舌が痺れているようで、少し言葉が縺れる。

「嫌、なのか・・・」

「・・・嫌・・では無いですけど・・・」

いきなりの展開でアレン自身も混乱しているようだった。
だが、アレンが傍にいたいと言ったのだ。
答える代わりに神田は、再びアレンに唇を重ねる。
もうアレンを逃がすつもりは無い。
神田はもう自分の気持ちに、抑制を掛けるつもりは無かった・・・。





その後の事は、アレンは余りよく覚えてはいない。
何度も喘がされ、達成させられて・・・・。
最後は半ば気を失いかけていたと思う。
ようやくアレンが解放された時、東の空が淡いラベンダー色に染まっていた。









―アレンが目を覚ました時、日は当に昇り暖かい日差しを投げかけていた。

気持ち良い・・・。

未だ寝ぼけた意識の中、隣を見ると、神田が片膝を立てた状態で、うたた寝している姿が目に入った。
その瞬間、少しずつ、ゆっくりと夕べの出来事が頭の中で鮮明になっていった。
そうして思い出していく度に、アレンの顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。
―そうだった。僕、夕べは神田と・・・。

何だか、自分の中の全てが変えられてしまった様な錯覚さえ起きる。
フト自分を見ると、服をちゃんと着せられている。
真新しいシーツも掛けられている。
きっと荷物の中身を出して来たのだろう。
神田も見ると、新しい団服を着ている。
乱れていた髪もキチンと結い上げてあった。

そんな、いつもと変わりない姿だった。
そうして見ると、夕べの事は全て夢の様な面持ちにさせられる。
神田に乱されて、翻弄させられたあの一夜の出来事が。
だが、少し身体を起こそうとして襲ってきた腰辺りの激痛の事実に、アレンは夢ではない事を実感させられたのだ。
アレンは目の前で寝入っている神田を睨みながら思った事は、『呑気に寝腐って、このバカ師匠』だった。



  いつの間に寝入っていたのか。

フト痛い視線を感じて、神田は意識を覚醒される。
目の前には案の定、凄い目で睨み付けている『アレン・ウォーカー』の姿があった。
・・・まあ、夕べは少し強引に進めてしまった、と言う自覚は流石の神田にもあった。

「・・・気分はどうだ?」

「・・・最悪です」

「一応、後処理はしておいたからな。腹を壊す事は無いだろう」

「は、はらっ・・・・・!」

ワザとそういう風に言ってみる。

そう言えば、アレンの困り顔が見れると思ったからだ。

「神田・・・意地、悪い・・」

「口答えする元気はありそうだな。・・・又犯られてぇか?」

「・・・嫌・・・です」

半泣き状態でそう力なく言うと、ポスンとアレンは神田の右肩に頭を委ねる。
さすがにからかい過ぎたかと、神田はもう何も言わずに、アレンの髪を静かに撫でる。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
風が優しくアレンの頬を撫でていく。

「神田・・・」

「・・・何だ」

唐突にアレンが口を開く。
何を聞かれるかは、神田には分かっていた。

「夕べの話ですけど、あの森の状態は・・・僕がやったんですか・・?」

「・・・・・」

「・・・僕がやったんですね・・・」

神田は何も答えずに、只アレンの髪を撫で続ける。



―夕べのあの光景は。何と言っていいのか分からない。

あの時。
神田が敵の懐に飛び込もうとした、あの瞬間。
視界の隅にアレンが自分に向かって跳んで来るのを見た。

全身に白のマントを纏って。

アレンの左腕が、闇夜に向かって勢い良く弧を描いた。
たったそれだけで、アクマ達はあっと言う間に粉砕した。
レベル三のアクマも同様だった。
その後は周囲が白い光に覆われて・・・・。

気付いたら、森はあの有様だったのだ。
何があったのかなんて、自分にもよく分からない。
只、圧倒的な力がソコには存在した。
一つだけ分かる事は。
アレンが完全に、エクソシストとして覚醒した事だけだった。
そして、もう一つ、アレンの身体に変化があった。

「僕の左腕・・・」

今更ではあるが、アレンは左腕に宿るイノセンスの姿の変化に驚く。
腕全体に浮き出てた筋肉は、赤黒くはあるものの普通の肌の質へと変わっていた。
その代わり左手の指の間接が恐ろしく尖っている。
今迄より少し大きくなった左手に少し戸惑う。

「これで、やっとエクソシストとして一人前になったと言う事か」

「神田・・・」

「まだまだモヤシだがな」

「神田っ!」

「だから、ずっと俺の傍にいろ」

神田はそう言うと、アレンを抱き締める。
神田の腕の中で、ほんのり顔を赤くしているアレンの姿を垣間見つつ。

「返事は?」

「・・・そんなの、言うまでもありません!」

返事の代わりとでも言うように、アレンは神田を抱きしめ返す。

「上等だ」

光に照らされる森の中、珍しく楽しそうに笑う神田の姿がそこにあった。







とりあえず、二人は森を抜けた港町まで移動する。
そこで教団本部に連絡を入れる事にする。
二人が本部には帰還しない事。
このまま旅を続ける事を報告する。
そして、もう一つ。神田はある提案を申し出る。

電話口では困り果てた、コムイ室長の唸り声が聞こえてくる。
それは、二人が本部に帰らないという一件ではなく。
神田のある提案に対してだった。

『日本に行くって・・・神田元帥それは』

「止めても無駄だ、コムイ。上の反対があっても俺は行く」

『・・・・説得には応じないみたいだね』

「無論だ」

『・・・もう〜〜、大元帥を説得する僕の身にもなってよー』

「知るかよ」

コムイの困り果てた声が聞こえつつも、実際、半分はこの状況を楽しんでいる様にも聞こえる。
神田の決意は生半可な事では打破出来ないのを、コムイは分かっている。
でも本部室長という手前、とりあえず説得らしいプロセスは踏まなければならない。
コムイの本心は神田の提案を全面的に呑むつもりの様だ。

『とにかく、他の元帥達にも今の提案を検討してもらうよ』

「・・・分かった」

神田は電話口を静かに置いた・・・。

―神田が申し出たと言う、ある提案とは。

日本にあるという、「アクマの魔導式ボディ生成工場(プラント)」。
そして、ソコにあると言われている「ノアの方舟」。
その両方の、破壊。

敵が最初の一手を教団に打ち出したのなら、コチラはさらにその先手を打つ。
日本は既に敵の拠点となっている為、日本の潜入は間々ならないかもしれない。
その策を敵が知れば、ますますこの戦いは激しくなるだろう。
それでも、この戦いに勝つ為には大きな賭けに出る時なのかもしれない。

「途中でヘバんなよ、モヤシ」

「アレンです。もう一人前なんでしょ?」

「・・・・・」

「何ですか」

「やはり訂正だ。お前は一生半人前だ」

「何ですか、ソレ。コロコロ変わらないで下さいよ!武士に二言はないんでしょ、日本人の癖にっ!」

「うるせぇよっ!」

「バカ神田!」

「師匠と呼べ!」

アレンは神田とこうしたやりとりが好きだ。

それは、まるで二人だけの聖域の場所の様に・・・。



二人だけの、楽園の様に――――











END

********************************

他の連載ものが一段落ついたら、この続きを
書きたいかもです。
いつになるか分かりませんが。(^^;>)

2008.5.6up
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送