3 ―静かだ・・・。 アレンはゆっくりと目を開ける。 周りは静寂で、真っ白な世界。 アレンは夢心地な気分で、その世界をさ迷っていた。 周りには何も無い。 音も無い。 ・・・何もない、無の世界。 フト、アレンは心細くなり身体を震わせる。 その姿は随分と幼い。 小さくなった身体を抱きしめながら、アレンは前を進む。 進むと言っても何も無いのだから、果たして進んでいるのか止まったままなのか。 それでも、アレンは進んだ。無我夢中で。 何かを探して。 それが見えるまで。どこまでも。 やがて、白い空間の中から、黒い点の様なものが現われる。 それは進むにつれて少しずつ広がっていって・・・・。 おぼろげな・・・一つの人影の様な形を創り出していく。 その姿は・・・アレンは誰なのか直ぐに悟った。 その影に近付いていく度に、自分の身体も少しずつ成長していく。 影もアレンが距離を詰める毎に、少しずつ影が薄れていく。 やがて・・・その影の目の前まで来た時。 アレンは十五歳の姿になっていた。 影も、闇の部分は全て取り払われて、今は誰なのかハッキリと分かる・・・。 『 』 アレンは名を呼んだ。 だけど此処は音の無い世界。声も声として発生しない。 相手も何かを発している様だが、やはり声として届かない様だ。 アレンは何度も名を呼んだ。 無理だと分かってても、何度も・・・。 もう一度呼ぼうとした、その時。 ―アレンっ! 頭の中に響いてくる「音」があった。 それは耳からではなく、頭に直接来るような。 それが何度も頭に響くものだから、アレンは頭を抱えた。 それと同時に目の前のソレも、グラりと歪んで消えて行こうとする。 え・・・・・。 頭に聞こえてくる「音」。 目の前のソレが消えて行く。 アレンは混乱して、又叫ぶ。 頭が、身体が、酷く揺れる。 その直後、何かに強く引っ張られる感覚が襲って・・・・・。 「アレンっ!」 目の前にはアレンの身体を揺さぶり、必死に名を呼ぶ神田の姿があった。 その姿はボロボロで、あの丈夫な団服が所々破れていた。 いつも高く結い上げている髪も解かれて、無造作に乱れている。 綺麗な髪が台無しだった。 でも、生きてる・・・。 良かった・・・・。 そう神田に言おうと思ったが、急に気恥ずかしさが生まれたのか。 つい違う言葉が口に出た。 「神田・・・、酷い格好」 アレンは搾り出す様に発した台詞だったが、その言い様が神田にはお気に召さなかった様だ。 心配顔からいつもの不機嫌顔に変わる。 眉間の皺がいつもより多い様な・・・。 「誰のせいでこんな事になったと思ってやがる、このバカモヤシっ!」 今迄溜まっていた怒りを吐き出すかの様に、一気に捲くし立て怒鳴り散らした。 息も付かず怒鳴った所為か、珍しくゼイゼイと息を乱している。 ・・・気が付くと、自分も神田と大して差のない格好であった。 外套もスーツも無残にも破れ、服としての機能が果たされない寸前の姿・・・。 何だか滑稽であった。 そして、周りの光景にも気付く。 自分の位置から、半径十メートルくらいだろうか。 グルリと円を描くように、土が剥き出しになっていた。 其処には草木は愚か、雑草一つ生えていない。 見事な自然破壊である。 ―・・・これ如何言う事? これは一体何があったのかと、目の前にいる神田に聞いてみる。 嫌な予感がひしひしと感じるので、余り聞きたくはないが。 だが、予想に反して神田は何も答えようとしない。 フト気付くと先程迄息を乱していた神田が、ピクリとも動かない。 不審に思ったアレンが、上半身を起こして神田の顔に触れようと思った刹那。 次の瞬間、アレンは神田に強く抱きしめられていた。 昔、悪夢を見るのが怖くて、神田に添い寝してもらった事が何度かあった。 その時の神田は凄く優しくて、自分を暖かく抱きしめてくれた。 でも、今の抱擁はソレとは明らかに違うもので。 アレンの全てを壊すかの様な、強く、激しい抱擁。 息もマトモに出来ない。 「神・・・田」 やっと口に出来た言葉も神田に聞こえてはいないらしい。 その代わり、アレンの耳元で呟くような言葉が響く。 「馬鹿野郎・・・何でお前は・・・こんな所にまで来やがるんだ」 「神田・・・」 「心配掛けやがって・・・」 その言葉は酷くか細く聞こえて。 まるで置いて行かれたのは神田みたいで、その姿は幼い子供の様だった。 アレンは胸の中が切なく痛む。 ああ、そうか・・・。 アレンが神田の傍にいたいと思った、もう一つの理由。 神田も又、孤独であったのだ。 何かの目的の為に、周りの全てを自分から切り離して、孤高の人であり続けて。 でもそれは強いからと言うのではなく、そう有ろうとしていた。 アレンはそんな神田の孤独感を、幼いながらも無意識に見抜いていた。 自分と同じ・・・孤独な人。 だから尚、傍にいたいと強く願ったのかもしれない。 だからアレンは、神田に強く惹かれたのだ。 アレンは壊れ物を抱くかのように、神田の背に手を回した。 神田の身体が、僅かに揺れる。 「何、言ってるんですか、神田・・・。いつも僕、傍にいるって言ったじゃないですか・・・」 「・・・・・」 「傍にいますから・・・。神田が駄目だって言ったって、付いて行きますから」 「・・・・・」 「だから、本部に帰れだなんて言わないで下さいね」 「・・・・・」 「良い・・ですよね、神田・・・?」 「・・・勝手にしろ」 神田の勝手にしろは、承諾をしたと同じ意味だった。 アレンは嬉しくなって、神田を更に抱きしめ返す。 思わず泣きそうになった事は、勿論内緒だ。 「後悔しても知らねぇぞ」 「しませんよ。・・・するなら当にしてます」 「バカモヤシ・・・」 「アレンです。・・・さっきは呼んでくれたのに」 「気のせいだろ」 「気のせいじゃありません」 「夢だ」 「夢じゃありませんよ!さっき僕が目を覚ました時に・・・っ」 その後は言葉にならなかった。 神田がウルサイとばかりに、アレンの唇を自分のソレで塞いだからだ。 不意打ちだったアレンは、何が起こったのか分からず、神田の口内の巧みな技に翻弄される一方だった。 神田の舌がアレンの舌を捕らえて、強く、複雑に絡み合う。 吸われたり、甘噛みされたりして・・・。 こうした経験が初めてのアレンは、只神田にしがみ付いて、その強い刺激に只流されない様にするのが精一杯だ。 そんな初々しいアレンの姿に、神田は気を良くしたのか、ようやく長い口付けからアレンを解放する。 束縛から解放されたアレンは、顔を真っ赤にしながら荒い息の中で、口元から零れ落ちた唾液を拭う。 瞳にも涙が零れ落ちていた。 ・・・そんな姿は神田の前では毒以外の何者でもない。 「いきなり何を・・・」 「後悔しても知らねぇと言った筈だが」 「後悔って・・・そう・・言う意味ですか?」 「そういう意味だ・・・悪いか」 「僕・・の気持ちは、あ・と回しですか・・」 アレンは未だ舌が痺れているようで、少し言葉が縺れる。 「嫌、なのか・・・」 「・・・嫌・・では無いですけど・・・」 いきなりの展開でアレン自身も混乱しているようだった。 だが、アレンが傍にいたいと言ったのだ。 答える代わりに神田は、再びアレンに唇を重ねる。 もうアレンを逃がすつもりは無い。 神田はもう自分の気持ちに、抑制を掛けるつもりは無かった・・・。 その後の事は、アレンは余りよく覚えてはいない。 何度も喘がされ、達成させられて・・・・。 最後は半ば気を失いかけていたと思う。 ようやくアレンが解放された時、東の空が淡いラベンダー色に染まっていた。 ―アレンが目を覚ました時、日は当に昇り暖かい日差しを投げかけていた。 気持ち良い・・・。 未だ寝ぼけた意識の中、隣を見ると、神田が片膝を立てた状態で、うたた寝している姿が目に入った。 その瞬間、少しずつ、ゆっくりと夕べの出来事が頭の中で鮮明になっていった。 そうして思い出していく度に、アレンの顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。 ―そうだった。僕、夕べは神田と・・・。 何だか、自分の中の全てが変えられてしまった様な錯覚さえ起きる。 フト自分を見ると、服をちゃんと着せられている。 真新しいシーツも掛けられている。 きっと荷物の中身を出して来たのだろう。 神田も見ると、新しい団服を着ている。 乱れていた髪もキチンと結い上げてあった。 そんな、いつもと変わりない姿だった。 そうして見ると、夕べの事は全て夢の様な面持ちにさせられる。 神田に乱されて、翻弄させられたあの一夜の出来事が。 だが、少し身体を起こそうとして襲ってきた腰辺りの激痛の事実に、アレンは夢ではない事を実感させられたのだ。 アレンは目の前で寝入っている神田を睨みながら思った事は、『呑気に寝腐って、このバカ師匠』だった。 いつの間に寝入っていたのか。 フト痛い視線を感じて、神田は意識を覚醒される。 目の前には案の定、凄い目で睨み付けている『アレン・ウォーカー』の姿があった。 ・・・まあ、夕べは少し強引に進めてしまった、と言う自覚は流石の神田にもあった。 「・・・気分はどうだ?」 「・・・最悪です」 「一応、後処理はしておいたからな。腹を壊す事は無いだろう」 「は、はらっ・・・・・!」 ワザとそういう風に言ってみる。 そう言えば、アレンの困り顔が見れると思ったからだ。 「神田・・・意地、悪い・・」 「口答えする元気はありそうだな。・・・又犯られてぇか?」 「・・・嫌・・・です」 半泣き状態でそう力なく言うと、ポスンとアレンは神田の右肩に頭を委ねる。 さすがにからかい過ぎたかと、神田はもう何も言わずに、アレンの髪を静かに撫でる。 遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。 風が優しくアレンの頬を撫でていく。 「神田・・・」 「・・・何だ」 唐突にアレンが口を開く。 何を聞かれるかは、神田には分かっていた。 「夕べの話ですけど、あの森の状態は・・・僕がやったんですか・・?」 「・・・・・」 「・・・僕がやったんですね・・・」 神田は何も答えずに、只アレンの髪を撫で続ける。 ―夕べのあの光景は。何と言っていいのか分からない。 あの時。 神田が敵の懐に飛び込もうとした、あの瞬間。 視界の隅にアレンが自分に向かって跳んで来るのを見た。 全身に白のマントを纏って。 アレンの左腕が、闇夜に向かって勢い良く弧を描いた。 たったそれだけで、アクマ達はあっと言う間に粉砕した。 レベル三のアクマも同様だった。 その後は周囲が白い光に覆われて・・・・。 気付いたら、森はあの有様だったのだ。 何があったのかなんて、自分にもよく分からない。 只、圧倒的な力がソコには存在した。 一つだけ分かる事は。 アレンが完全に、エクソシストとして覚醒した事だけだった。 そして、もう一つ、アレンの身体に変化があった。 「僕の左腕・・・」 今更ではあるが、アレンは左腕に宿るイノセンスの姿の変化に驚く。 腕全体に浮き出てた筋肉は、赤黒くはあるものの普通の肌の質へと変わっていた。 その代わり左手の指の間接が恐ろしく尖っている。 今迄より少し大きくなった左手に少し戸惑う。 「これで、やっとエクソシストとして一人前になったと言う事か」 「神田・・・」 「まだまだモヤシだがな」 「神田っ!」 「だから、ずっと俺の傍にいろ」 神田はそう言うと、アレンを抱き締める。 神田の腕の中で、ほんのり顔を赤くしているアレンの姿を垣間見つつ。 「返事は?」 「・・・そんなの、言うまでもありません!」 返事の代わりとでも言うように、アレンは神田を抱きしめ返す。 「上等だ」 光に照らされる森の中、珍しく楽しそうに笑う神田の姿がそこにあった。 とりあえず、二人は森を抜けた港町まで移動する。 そこで教団本部に連絡を入れる事にする。 二人が本部には帰還しない事。 このまま旅を続ける事を報告する。 そして、もう一つ。神田はある提案を申し出る。 電話口では困り果てた、コムイ室長の唸り声が聞こえてくる。 それは、二人が本部に帰らないという一件ではなく。 神田のある提案に対してだった。 『日本に行くって・・・神田元帥それは』 「止めても無駄だ、コムイ。上の反対があっても俺は行く」 『・・・・説得には応じないみたいだね』 「無論だ」 『・・・もう〜〜、大元帥を説得する僕の身にもなってよー』 「知るかよ」 コムイの困り果てた声が聞こえつつも、実際、半分はこの状況を楽しんでいる様にも聞こえる。 神田の決意は生半可な事では打破出来ないのを、コムイは分かっている。 でも本部室長という手前、とりあえず説得らしいプロセスは踏まなければならない。 コムイの本心は神田の提案を全面的に呑むつもりの様だ。 『とにかく、他の元帥達にも今の提案を検討してもらうよ』 「・・・分かった」 神田は電話口を静かに置いた・・・。 ―神田が申し出たと言う、ある提案とは。 日本にあるという、「アクマの魔導式ボディ生成工場(プラント)」。 そして、ソコにあると言われている「ノアの方舟」。 その両方の、破壊。 敵が最初の一手を教団に打ち出したのなら、コチラはさらにその先手を打つ。 日本は既に敵の拠点となっている為、日本の潜入は間々ならないかもしれない。 その策を敵が知れば、ますますこの戦いは激しくなるだろう。 それでも、この戦いに勝つ為には大きな賭けに出る時なのかもしれない。 「途中でヘバんなよ、モヤシ」 「アレンです。もう一人前なんでしょ?」 「・・・・・」 「何ですか」 「やはり訂正だ。お前は一生半人前だ」 「何ですか、ソレ。コロコロ変わらないで下さいよ!武士に二言はないんでしょ、日本人の癖にっ!」 「うるせぇよっ!」 「バカ神田!」 「師匠と呼べ!」 アレンは神田とこうしたやりとりが好きだ。 それは、まるで二人だけの聖域の場所の様に・・・。 二人だけの、楽園の様に―――― END ******************************** 他の連載ものが一段落ついたら、この続きを 書きたいかもです。 いつになるか分かりませんが。(^^;>) 2008.5.6up |
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